​新たなる挑戦〜世界一美しい食材を目指して〜

 

​◆幼い頃。

 祖父から3代続く鉢花生産農家、石附農園の長男として生まれた私にとって花は幼い頃からいつも身近にありました。

後継として育てられた私の夢は、父のように世界を相手にする花屋さんになることでした。

 しかし、遊びに行きたくても学校が休みの日は仕事の手伝い。生き物相手の仕事なので休みはなく、家族で遠出した記憶もほとんどありません。大きくなるにつれて、「なぜうちばかり・・・」と家業を嫌に感じたこともありました。

 世の中はバブルが弾け不況の雰囲気が色濃くでる中、嗜好品である花業界も大きく影響を受けました。家業の売り上げも年々下がって行き、家族内でも嫌な雰囲気が漂い、高校卒業後の進路を決める頃には家業を継がないと決めた私と父は衝突し険悪な関係になっていました。

​◆父親の死。

 家を出たくてたまたまその時に興味のあった福祉を学ぶため、県外の大学への進学を決めた頃でした。突然、父が病気でこの世を去りました。あまりにも突然のことではありましたが、家を出たいという気持ちが強く私はそのまま大学に進みました。就職活動の時期になりましたが、福祉の仕事は就職先には困りませんでした。

 しかし、私にはずっと胸につかえている想いがありました。

​それは家業への想いです。「福祉の仕事は私じゃなくてもできる。家業は長男に生まれた自分の宿命。ここまで育ててもらった恩を返さなければならない・・・」。私は農業の道へ進むことを決意しました。

​◆農業の道へ。

 植物の知識が何もない私は、全国の植物を扱う埼玉の会社へ住み込みでの修行に入りました。そして約1年半の修行を終え、新潟へ戻り家業に就きました。

 しかし、一度崩れかけた家業を立て直すのはそう簡単なことではなく、荒れた圃場を整理しながら新たに作付けを行いました。そして経験不足から栽培のコツがわからず失敗。自分なりに失敗した原因を調べ、時には周りの先輩からの助言に助けられ、また挑戦という繰り返しでした。

​ その時同時に、「自分は今のままでいいのか?自分のやっていることは人に感動や喜びを与えられているのか?」という疑問を抱くようになりました。

​◆食べられる花。

 花業界内でたまたま耳にした「エディブルフラワー※注1.」という馴染みのない言葉。

調べてみると食用に育てられた花だという。新潟県では古くから菊を食べる習慣があり、私はすんなりと受け入れることができました。そんな形での花の楽しみ方もあるのかと、ワクワクしたのを覚えています。・・・というのも、「花」という物の楽しみ方に疑問を抱いていたからです。

花は咲けば、いつかは散る。当然のことで、その儚さに力強さと美しさを感じる訳ですが、願わくば花が傷んでいくのを見たくないと思いますし、長く綺麗に咲いている姿を見ていたいと思う人は多いはずです。

それが難しいなら、見るだけではなく何か別の形で花が散る前に楽しめる方法はないか?と、考えていた所に食べられる花があることを知って「これだ!」と思いました。

​◆名も知らぬ一輪の薔薇との出会い。

 そうは言っても具体的にどう動いていいかわからず行動に移せないでいる時に、同業の薔薇の生産者の方と話している中で薔薇も食べられるということを知りました。

それまでは薔薇というと「綺麗」「いい香り」「トゲが痛い」という程度のイメージで、栽培面では「病害虫が付きやすく育てるのが難しい」という程度の知識しかありませんでした。

 その生産者の方が、「いい香りがするから嗅いでみろ」と観賞用の薔薇を一輪、手渡してくれました。その薔薇の香りを嗅いだ瞬間、衝撃を受けました。科学的に作られた薔薇の香料とは全く違う、優しく、自然な本物の香り。

仕事柄、多くの花を見てきましたが「薔薇」という花はたった一輪でここまで人を感動させることができるのか、ましてやこれを食べることができるとしたら・・・考えただけで、ワクワクし食用薔薇栽培への挑戦を決意しました。

​ その時の薔薇の名前を聞くのは忘れてしまったのですが、あの瞬間の感動は忘れられず今でも残っています。